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episode37 「厄介払いかな」

last update Veröffentlichungsdatum: 19.09.2026 18:00:57

 空は雲でいちように覆われていた。雨でも降るのだろうか。その重苦しい曇りに、なんとなくうっすらとだけ光が入ってくるボロ小屋にいる気持ちになった。

 窮屈な視線が注がれるのを嫌でも感じる。自警団の者とすれ違うたび、その眼差しには冷たいものが宿っていると分かった。ただ朝の挨拶をした際、返してくれる者とそうでない者とがいる辺り、恐らくは自警団でも考えが二分化しているのだろう。

 私に対する感情を。

 村長と副村長がその例だ。

 不安要素として早く結論を出した副村長、それに対しあくまで穏便に様子を見る村長。自警団でも、その二つの意見が主立っているのだ。

村人たちは睥睨の眼で私を見てはこなかった。どうやら村人たちには私が間者の疑いがあることを未だ言っていないようだった。恐らく混乱を避けるために。だが、明らかに自警団が警戒しているのだ、野盗の説明をしないわけにはいかないだろう。現に何人かの村人は、挨拶の返事こそ返してくれたものの、その眼はどこか疑わし気な瞳だった。それはそうだろう、野盗が現れた場合、対処すべきは私なのだから。

 その
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  • フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜   episode38 「さぁ、もう一つどうぞ」

     交代の者は昼を告げる、歌うたいの声と共に現れた。記憶の中を掻き探すが、やって来た彼は初見である。赤茶の波打つ豊かな髪を、項のところでまとめているその者。内側から肉を削り取られたように凹んだ頬に、何か遠くの物を見つめているような、少しぼんやりとした目つき。手には装飾の施された杖が握られていることから、恐らくは杖術を用いるのだろうと推測出来る。魔法使いとも取れるが、ロラや風使いの彼女を見るにどうやら魔法に杖は必要ないらしい。 杖術の彼は姿勢が悪く、獣みたく背中を丸めていた。「お初にお目にかかります。騎士のエメ・アヴィアージュと申します」 あまり言葉を交わしたくないのか、頭を軽く下げ、それきりだ。どちらにせよ、何も言ってくれないのは不便である。 そう思っていると、彼はおもむろに杖で何かを地面に刻み始めた。杖を走らせるごとに鳴る、がりがりという音。地面の固さから、もし持ち手が木製であったら刻むのは難しいだろう。そうして地面に書かれたのは、果たして「シメオン」という文字であった。親指を立てて自分を指し示していることから、恐らくは自分の名前だ。「シメオン、様」 確認するように、言う。対して彼は一度だけ点頭し、今刻んだばかりの自分の名前を足で消した。そしてヤグラの骨組みに体を投げつけるように腰かける。 それきり、杖術の彼は沈黙してしまった。 改めて彼を見てみると、茶色い外套で覆い隠してはいるがその身はだいぶ痩せ細っている。その身で杖を揮うとなると、威力には些か疑問が浮かぶ。 兵士時代のことを思い出すに、杖術を用いる者に会うのは稀だ。私も訓練の際に教官が使用しているのを見たことがあるだけで、実際の戦争で対面したことはない。その気になれば出来るのだろうが、杖術は人を殺すことに向いているわけではない。殺さずに制圧することには長けていそうだが、戦場でそれが必要になる場面は記憶にあるかぎりなかった。 杖術の彼も、そういったつもりでいるだろう。一人でも捕らえることが出来れば、尋問なり何なりして根城の場所を吐かせる。不殺を意識しているということはそういうことだ。略奪が目的なのか、或いはただの偵察なのかは分からないが、村に脅威を与えている以上、例え命のや

  • フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜   episode37 「厄介払いかな」

     空は雲でいちように覆われていた。雨でも降るのだろうか。その重苦しい曇りに、なんとなくうっすらとだけ光が入ってくるボロ小屋にいる気持ちになった。 窮屈な視線が注がれるのを嫌でも感じる。自警団の者とすれ違うたび、その眼差しには冷たいものが宿っていると分かった。ただ朝の挨拶をした際、返してくれる者とそうでない者とがいる辺り、恐らくは自警団でも考えが二分化しているのだろう。 私に対する感情を。 村長と副村長がその例だ。 不安要素として早く結論を出した副村長、それに対しあくまで穏便に様子を見る村長。自警団でも、その二つの意見が主立っているのだ。村人たちは睥睨の眼で私を見てはこなかった。どうやら村人たちには私が間者の疑いがあることを未だ言っていないようだった。恐らく混乱を避けるために。だが、明らかに自警団が警戒しているのだ、野盗の説明をしないわけにはいかないだろう。現に何人かの村人は、挨拶の返事こそ返してくれたものの、その眼はどこか疑わし気な瞳だった。それはそうだろう、野盗が現れた場合、対処すべきは私なのだから。 その眼は正しい。自警団は昨夜から警戒しているなか、私はこうして一夜明けてから動き出している。村長たちから言われたから、なんて理由は村人には関係のないことだ。あまり印象は良くないだろう。責務を全うしていないのだ。そしてその印象を覆すには、結果で示すしかない。 ……何も深く考える必要はない。ただ職務を為せばいいだけだ。 ほどなくして、村の入口に立てられたヤグラが見えた。あまり高いようには見えない。精々、村の入り口に建つアーチと同程度だ。村の周囲を警戒するのを目的としたものなので、別に間違ってはいない。「やあ、来たね」 どこからか声がした。 それは明らかに、双剣の彼女の声だった。「おはようございます」 ヤグラの上から彼女が顔を覗かせる。ただ完成したとは聞いていないため、恐らくは彼女が勝手に使っているのだろう。一見完成しているように見えるが、そう伝えてこないということは何かしら事情があるはずだ。彼女にそれは伝わっているのかは分からないが、ともかく今の段階で私がそれを使用す

  • フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜   episode36 「あまり触れられたくないことでしたか」

     ただ予感がして、目が覚めた。 他人の力で目覚めることなど、憂鬱の塊でしかない。少なくとも、私はそう思う。今まで何度かその機会を経験したが、自分は起きているのにお前は眠り呆けている、という優位性を振りかざしてくる。そして私を嘲ることで気を良くしていくのだ。 眠らせてくれないのもまた、起こす者だというのに。状況からして無視するわけにもいかないのがまた煩わしい。 今回先に目を覚ましたのも、つまりはそんな気配を感じ取ったからだった。 眠っていた部屋の扉が開いたと同時、初めからそういった仕掛けだったように刎ね起きる。「おはようございます。……ああ、既に目覚めていますね。流石ですね騎士様」「おはようございます、リーデ様」 そこに現れたのは、果たして長鎗の彼女であった。夜警から戻り、その足でかは定かではないが、ともかく私を起こしにやって来た。夜通し立っていたであろう彼女の相貌からは、特に疲労した様子を窺えない。なので、恐らくは夜警に慣れているのだろう。普段から夜警に立ち慣れているのか、それともこういった警戒態勢はよくあるのかは分からないが、つまりはそういうことだ。「そろそろ交代の頃合いです。なので、準備をお願いします」「今はどなたが守っておられるのでしょうか」「セシルさんですね」 双剣の彼女だ。 今までの印象では、あまり真剣に守備をしているイメージはないが、警戒態勢では違うのだろうか。どのみち、私は任をこなせればいい。 誰かが運んでくれたのか、寝床の隣にいつの間にか昨日身に着けていた装備が置かれていた。物音がしたら勝手に起きるものだと自分では思っていたが、どうやらそうでもないらしい。 ただ、今まで着込んでいた肌着がなく、代わりに少し洒落た肌服がある。鎧を装着するのに煩わしさはなさそうだが、服が突然別の物は変えられていることに違和感を覚えた。それとも、カルムでは肌着を贈ることが習慣なのだろうか。「すみません、今まで着ていた肌着があったと思うのですが」「ああ、あの使い古された。だいぶボロボロでしたので、差し出がましいとは思うのですが新しい物

  • フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜   episode35 「村長としてはどうしても聞いときてぇことがある」

    「騎士殿よ、村長としてはどうしても聞いときてぇことがある」 霧がかかるように、顔から険しい相が現れる。問いは分かり切っている。自分が本当に村を陥れる間者かどうかだろう。本当だった場合も肯定するわけはないが、答えは否である。 そう問われると、思っていた。 しかし、村長の言葉は私の想定とは違う、慮外なものであった。「どうだ、この村は」 拍子抜けするようなことを言う。それは完全に想像の範囲外で、出鼻をくじかれた私は思わず「はっ?」という声を漏らしてしまった。「いやな、騎士殿から見てカルムはどうだと思ってな」「どう、と言われましても」 私の答えはいいえ、そう返す予定だった。それが蓋を開けてみればこの村をどう思うかという、なんとも曖昧な問い。改めて村長が危機感を抱いているのか分からなくなる。 そうやって答えかねていると、村長は私の滑稽さに動かされてか反射的に微笑む。「まだ二日間じゃ分からねぇか」 よく分からない、というのが率直な感想だ。寛容かと思えば、先刻のように私に悪意を向けてくる者もいる。受け入れられているのか、拒絶されているのか判断出来ない。いつもなら何も考えず任に務めるのだが、なんとなく調子が狂う。私に対する感情は悪意ばかりだったのに。ここでは様々な感情が、頭を乱しては別の思いがまたかき乱していく。戦場とは違う意味で、吹き付けるものが多すぎるのだ。「まだ、よく分かりません」「そうか。まあ、しゃあねぇな」 言いながら、村長は髪の毛に手をつっこんで頭を掻いた。「私は間者なのかどうかを詰められるとばかり」「聞いて、もしそうだった場合教えてくれんのか」 それはない。 そう首を振ると、「だろう」と言って笑った。「生憎優秀な奴らに恵まれてな。最終的な判断は俺が下すが、鎮座してるだけだ」 信頼している、という意味なのだろう。しかし判断を下し責任を負うという役目は、それだけで大きな負担を負う。ときに地位を失い、命を以て償う場合もある。それを集落の者達の適材適所という言葉だけで済ませるには、あ

  • フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜   episode34 「騎士殿。鎧が濡れているな」

    「待ちなよ」 しかしその前に、呼び止められる。 両顎が張り、ずるそうな相を現した副村長だった。「明日だ。それまではいてもらう」 疑っているため、当然の主張ではある。だが自警団が監視に着くということに加え、警戒態勢であるとはいえカルム村は野盗に様子を探られていた状態だ。それを牽制するのは私の役目である。それなのに、私はまた責務を先延ばしにされてしまった。 もどかしい。私はただ、任務に就きたいだけなのに。与えられた役目すら全う出来ない。「……今は警戒態勢です。であればすぐにでも立つべきでは」 それに、副村長は呆れた風の息を吐く。「言ったろう、騎士様はいま疑われてるんだ。まあ、今は自警団みんなで立ってるんだ、今夜は大人しくしておいてくれ」 今まで得られないからと無視してきた信用、という言葉が私の責務を邪魔していく。確かに、国から仰せつかってやって来たといえ、村としてどちらを使うかと言えば信頼できる身内だ。「自警団の方が私の隣に立つのでしたら問題はないのでは」「保険だよ。まあカルムとしては、しっかりと疑いは晴らしてもらいたいところだがね」 ねぇ騎士様。 そう付け加えて、口角を吊り上げる。 彼の意図がよく分からない。私が不利になるよう口撃しているよう聞こえるが、しかしその言い様には正当性がある。口が悪いだけなのか、それとも明確に私を追い出そうとしているのか。これまでの言い回しからどちらとも解釈出来るため、判断が出来ない。口が悪いだけならどうでもいいが、後者なら考慮する必要がある。責務を果たせなければ、この国では私に価値はないのだから。「分かりました。では朝、責務を果たしましょう」「へぇ、随分と物分かりがいいね」 頬の上に描いたような微笑を漂わせながら、副村長は自分の顎を擦る。驚く表情すらみせずに。まるでそう答えるのが分かっていたかのようだ。私が反論する意味のなさを、副村長は分かっているのだろう。「騎士殿、今日はうちで寝ろ。それでいいだろ? ラヴァーグ」「ああ、そうしてくれ

  • フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜   episode33 「ってことだ騎士殿。よろしく頼むぜ」

    「村長。まずは騎士様には何をしていたか聞かなくちゃならないんじゃないか?」 黒い羽織りものに肌着。それにくせっけの強い波の打った茶髪が特徴的な彼。鷲のように彫り深く、鼻も高い。歳は大体村長と同程度だろうか。「お初にお目にかかります。騎士のエメ・アヴィアージュと申します」 軽く頭を下げる。「副村長のラヴァーグだ、騎士様。まずは村にいない間、何をしていたか聞かせてくれるかい」 片手でろくろを回すような仕草をしながら、狡猾な相で笑う。それだけで、副村長は私に対して肯定的でないことが見て取れた。関係のないことだが。「ラヴァーグ、騎士殿が何してたかはクリエに聞いたじゃねぇか」「実際騎士様から聞かないと意味ないだろ?」 道理だ。 分かりました、そう言って事の発端である店主でと視線を向ける。「私はそこにいらっしゃる商店のご主人に依頼を受け、最近見かけないという商人を探しに村の外に出ました。ただ、当初はカルム村の周辺地理を把握する目的で出歩く予定でしたので周辺を捜索する程度でいましたが」「リアムが言うには、鎧を洗いたいからと言って川か泉を探してたそうじゃないか」「はい、その通りです。そこで、魔獣に囚われていた商人を見つけました。時間が遅くなってしまったのは森深くであったのと、魔獣と交戦があったためです」 なるほどね。 口角を引き上げながら、副村長はそう答えた。その所作は芝居じみていて、どこか私を疑うような、冷笑のような冷ややかな表情である。「クリエとの話に相違はないみたいだねぇ。でも野盗が現れたタイミングが都合が良くてさ、それを証明出来ないとこっちも手引きしたんじゃないかって疑わないといけないんだよ」 人を責めるを楽しむかのような、いびつな笑み。人を嘲るようなどろりとした敵意が、そこにはあった。「……証明しろということであれば、アセナ様がまたこの村にいらっしゃれば分かるかと」「それまで待ってろと言うのか、長い話だね」 もっともな返しだ。だが私にはそれ以上組み立てられる提案は

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